新川柳作記念館 Ryusaku Shinkawa Memorial

ACE

中国とのご縁の始まり

路上に並ぶ中国製バッグに目をやる

1977年(昭和52年)6月、私は、日中の親善と文化・経済交流を目的とする訪中団の副団長として、初めて中国を訪れました。その時の中国国民の皆様からのご親切に感激し、何か私にお役に立つことができないものかと思案する中、幸い再び訪中の機会に恵まれます。1979年(昭和54年)6月、大阪府により大阪経済友好団が結成され参加することが出来たのです。

中国には、長い歴史のなかで多くを教えて頂く間柄であったのに、どんなはずみからか戦争となり大変なご迷惑をかけました。微力ながらも私に何かご恩返しができないものかと、二度目の中国滞在中もその思いが脳裏から離れません。そんな折、街で皆さんが持つバッグを見て、ハッと気づいたのです。

「あっ、私の天職であるかばんがある。エースの技術をお伝えし、中国でかばんを作ろう。素晴らしいバッグは世界中で使っていただける。かばんを通して中国国民の皆さんにご恩返しをしよう」。

そう決めるといっぺんに気持ちは楽になったのです。